総務・労務の引き継ぎの進め方|一人総務の退職に備える業務の棚卸し表・手続きの期限一覧・引き継ぐ順番【中小企業向け】
総務・労務を一人で担当している社員が辞めることになった。社会保険や雇用保険の届出、年に1回の手続き、社印や鍵の管理まで、何をどの順番で引き継げば会社が止まらないのか。棚卸し表、公式ページで確認した期限の一覧表、残り期間別の順番、権限の渡し方を整理しました。
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この記事の要点
- 総務・労務の引き継ぎは、手順を教える前に「期限のある手続き」と「人が動いたときに発生する手続き」を一覧にするところから始めるのがおすすめです(私たちの考え)。健康保険・厚生年金保険の資格取得届と資格喪失届は事実発生から5日以内[3][4]、雇用保険の資格取得届は翌月10日まで、資格喪失届は翌日から10日以内[8]と、会社の外に期限のある手続きが多いためです。
- 年に1回の手続きほど引き継ぎからもれやすくなります。算定基礎届は毎年7月10日まで[5]、労働保険の年度更新は令和8年度の場合6月1日〜7月10日でした[9]。定期健康診断は1年以内ごとに1回の実施が必要で、常時50人以上の事業者は結果の報告も必要です[13]。
- 総務が持っている社印・鍵・各種のIDは、引き継ぎ書に書いて済ませず、経営者が立ち会って渡します。IPAのガイドラインは、異動や退職で不要になった利用者IDとアクセス権を「ただちに削除」することを求めています[15]。
- 2026年版小規模企業白書では、社内ノウハウを蓄積・共有するうえで有効だった取組は「マニュアルや手順書の整備」が39.1%で最も高く、得られた効果は「担当者不在時でも業務が滞りなく遂行できるようになった」43.6%、「業務の引継ぎが円滑に行えるようになった」31.9%でした[1]。
ガイドこのテーマの全体像は中小企業の業務引継ぎの進め方
「総務を一人で任せていた社員から、退職の申し出があった」。人数の少ない会社では、社会保険・雇用保険の届出、給与計算の前段階の勤怠の集計、健康診断の手配、社印や鍵の管理、備品や契約の管理まで、一人の担当者が受け持っていることが珍しくありません。その人が辞めるとき、会社が心配するのは「届出の期限を落とさないか」「年に1回の手続きを誰も知らないのではないか」「社印や鍵、各種のIDがどこにあるか分かるか」ではないでしょうか。
この記事では、総務・労務の引き継ぎを、担当者が一人か二人の中小企業向けに整理します。総務・労務の仕事の棚卸し表、期限のある手続きの一覧表、残り期間別の引き継ぐ順番、「人が動いたとき」の手続きの書き残し方、社印・鍵・IDの渡し方、法定帳簿の保存、後任がいないときの分け方の順に説明します。期限や保存期間は、日本年金機構・厚生労働省・国税庁などの公式ページで2026年10月9日に確認したものだけを載せています。私たちの考えやおすすめは、そうと分かるように書いています。
なお、社会保険・労働法の個別の判断(自社がどの届出の対象になるか、特例を使えるかなど)は会社ごとに違います。この記事は引き継ぎの段取りを扱うもので、個別の判断は顧問の社会保険労務士、または年金事務所・ハローワーク・労働基準監督署などの窓口に確かめてください。経理の引き継ぎ(税金の申告・納付、通帳、会計ソフト)は「経理の引き継ぎの進め方」の記事で扱っています。経理と総務を同じ人が兼ねている会社は、2つの記事を合わせて使ってください。
総務・労務の引き継ぎが、ほかの仕事より難しい3つの理由
総務・労務の引き継ぎには、ほかの事務の仕事にはない難しさが3つあると私たちは考えています(私たちの整理です)。
- 仕事の範囲が広く、名前がついていない仕事が多い:届出のような決まった仕事のほかに、「来客の対応」「備品の発注」「行政から届いた封筒を開けて振り分ける」など、担当者が自分の仕事と思っていない仕事が多くあります。
- 「いつもある仕事」より「何かが起きたときの仕事」が多い:入社・退職・産休・育休・住所の変更・ケガや病気など、人が動いたときに手続きのセットが発生します。引き継ぎの期間中に一度も起きなければ、後任は何があるか知らないまま引き継ぎます。
- 期限と権限がついてくる:届出には会社の外に期限があり、社印・鍵・金庫・各種の管理者IDのように「権限」も一緒に渡す必要があります。
だからこそ、ふだんからの書き残しが効いてきます。2026年版小規模企業白書によると、小規模事業者が社内ノウハウを蓄積・共有するうえで有効だった取組は「マニュアルや手順書の整備」が39.1%で最も高く、得られた効果は「担当者不在時でも業務が滞りなく遂行できるようになった」が43.6%、「業務の引継ぎが円滑に行えるようになった」が31.9%でした[1]。一方で、厚生労働省の令和7年度「能力開発基本調査」では、技能継承の取組として「退職予定者の伝承すべき技能・ノウハウ等を文書化、データベース化、マニュアル化している」事業所は22.0%にとどまります[2]。書き残しが効くと分かっていても、実際に書いている会社は少ないのが現状です。
手順1:総務・労務の仕事を棚卸しする(毎日・毎月・年に1回・人が動いたとき・不定期)
最初にやることは、手順を教えることではなく、総務・労務の仕事を全部書き出すことです。前任者の頭の中にある仕事を、「いつやるか」で5つに分けて一覧にします。経理の棚卸しと違うのは、「人が動いたとき」という区分を1つ足すことです。下の表は、中小企業でよくある仕事を並べた例です(私たちの整理です。自社にない仕事は消し、ある仕事を足してください)。
| 時期 | 仕事の例 | 引き継ぎで確かめること |
|---|---|---|
| 毎日・毎週 | 勤怠の確認、来客・電話・郵便物の対応、行政や取引先から届いた書類の振り分け、備品・消耗品の発注、社用車・設備の管理 | 郵便物を誰に渡すかの決まり、発注先と発注の方法、鍵や車両の管理の場所 |
| 毎月 | 勤怠の締めと集計(給与計算への受け渡し)、社会保険料・住民税の通知の確認、社会保険労務士への資料の受け渡し、出勤簿・賃金台帳などの帳簿の整備 | 締め日、給与計算を誰がするか(社内か社会保険労務士か)、渡す資料と日にち |
| 年に1回・数回 | 算定基礎届、労働保険の年度更新、賞与支払届、年末調整の書類の回収、源泉徴収票・給与支払報告書の準備、定期健康診断の手配、ストレスチェック、36協定の届出、就業規則の見直し、契約(賃貸・リース・保険・保守)の更新 | 作業を始める時期、去年の提出書類の控えの場所、社会保険労務士との分担、健康診断の業者と契約の更新日 |
| 人が動いたとき | 入社(社会保険・雇用保険の資格取得、労働条件の明示、労働者名簿の作成)、退職(資格喪失、離職証明書、源泉徴収票、貸与品の回収、IDの停止)、産休・育休、住所・氏名・扶養の変更、ケガや病気 | 手続きのセットと期限、本人に渡す書類と案内、社会保険労務士に頼んでいる範囲 |
| 不定期 | 行政(年金事務所・ハローワーク・労働基準監督署・市町村)からの問い合わせの対応、許認可の更新、登記の変更に伴う届出、社内規程の改定、防災・安全衛生の取組 | 過去のやり取りの記録の場所、許認可の一覧と期限、規程の原本の場所 |
書き出すときは、仕事の名前のほかに「誰が」「いつ」「何を見て」「どこに提出するか」「外部の誰と分担しているか」を1行ずつ書きます。前任者が受け取っているメールや郵便物、去年のカレンダー、電子申請の送信履歴、社会保険労務士とのやり取りを見ながら進めると、前任者自身が忘れている仕事を拾いやすくなります。業務の書き出し方は「業務棚卸しのやり方」の記事で詳しく説明しています。
手順2:期限のある手続きを一覧表にする(公式ページで確認した期限)
次に、棚卸しした仕事の中から、会社の外に期限がある手続きを抜き出します。下の表は、多くの会社に関係する主な手続きを、公式ページで確認して並べたものです。自社が対象かどうか、電子申請か紙か、社会保険労務士に頼んでいるかは会社によって違うため、前任者と顧問の社会保険労務士に確かめたうえで、自社の日付と提出先に書き直してください。
| 手続き | 期限(原則) | 引き継ぎで確かめること |
|---|---|---|
| 健康保険・厚生年金保険 被保険者資格取得届(入社) | 事実発生から5日以内。提出先は事務センターまたは管轄の年金事務所[3] | 提出の方法(電子申請・郵送など)。マイナンバーまたは基礎年金番号が未記入だと返戻される[3] |
| 健康保険・厚生年金保険 被保険者資格喪失届(退職) | 事実発生から5日以内。退職の場合の資格喪失日は退職日の翌日[4] | 資格確認書が交付されている場合は回収して添付する。回収できないときは回収不能届を添付[4] |
| 雇用保険 被保険者資格取得届(入社) | 被保険者となった日の属する月の翌月10日まで[8] | 提出先のハローワークと、添付書類の要否(ハローワークに確認する) |
| 雇用保険 被保険者資格喪失届・離職証明書(退職) | 被保険者でなくなった事実があった日の翌日から起算して10日以内[8] | 離職票を本人が希望するか。離職証明書の離職理由は本人が確認する |
| 算定基礎届 | 毎年7月10日まで(7月1日現在のすべての被保険者の4〜6月の報酬を届け出る)[5] | 届出の方法、社会保険労務士に頼んでいるか |
| 月額変更届(随時改定) | 固定的賃金の変動で2等級以上の差が生じたときなどに、速やかに[7] | 昇給・降給の時期と、判定を誰がするか |
| 賞与支払届 | 賞与支払日から5日以内。予定月に支払いがなかったときは賞与不支給報告書[6] | 賞与の支払予定月として登録している月 |
| 労働保険の年度更新 | 令和8年度は6月1日(月)〜7月10日(金)でした[9] | 来年度の期間は厚生労働省の公式ページで確認する。賃金の集計を誰がするか |
| 定期健康診断 | 1年以内ごとに1回。常時50人以上の労働者を使用する事業者は結果を労働基準監督署長に報告する[13] | 健康診断の業者、実施の時期、健康診断個人票の保管場所(5年間保存)[13] |
| ストレスチェック | 令和10年4月1日から、労働者数50人未満の事業場にも実施が義務化される[14] | 自社の実施時期と実施者。50人未満の会社は、準備を誰が進めるか |
| 36協定(時間外・休日労働に関する協定届) | 法定の労働時間を超えて働かせる前に、協定を締結して労働基準監督署に届け出る[12] | 協定の有効期間と、次に届け出る時期。労働者の過半数代表者の選び方 |
| 就業規則の届出 | 常時10人以上の従業員を使用する場合は作成して労働基準監督署長に届け出る。変更したときも同様[11] | 最新版の原本の場所と、労働基準監督署の受付印がある控えの場所 |
| 年末調整と源泉徴収票 | 年末調整はその年最後の給与を支払うときまでに扶養控除等(異動)申告書を提出している人について行う[16]。源泉徴収票は翌年1月31日まで、年の途中で退職した人には退職の日以後1か月以内に交付[17] | 申告書の回収の時期と、年末調整を誰がするか(社内か税理士・社会保険労務士か) |
| 個人住民税の特別徴収 | 市町村から会社に届く特別徴収税額通知にもとづいて、給与から天引きして市町村に納める[18] | 通知の保管場所、納める方法と日にち。退職者の手続きは市町村の案内を確かめる |
この表でいちばん気をつけたいのは、「5日以内」「10日以内」のように短い期限の手続きと、年に1回の手続きです。入社・退職の届出は、後任が「そういう手続きがある」と知らなければ、期限が過ぎてから気づくことになります。年に1回の手続きは、前任者が3月に辞めると、後任は7月の算定基礎届と年度更新を、一度も見ないまま迎えます。
私たちは、年に1回の手続きについては「去年の提出書類の控え」「作業に使った集計表」「始める時期と、かかった日数」の3つを、必ずセットで残してもらうことをおすすめしています。
退職する総務担当者本人の手続きも、忘れやすい仕事のひとつです。本人の資格喪失届、離職証明書、源泉徴収票を誰が作るのかを、退職日の前に決めておいてください。源泉徴収票は、年の途中で退職した人には退職の日以後1か月以内に交付しなければなりません[17]。
手順3:残り期間に合わせて、引き継ぐ順番を決める
引き継ぎの期間は、いつも十分にあるとは限りません。私たちは、「期限を落とすと会社の外に迷惑がかかる手続き」と「権限」から順に引き継ぐことをおすすめしています。残りの期間別の目安は次のとおりです(私たちの考えです)。
| 残りの期間 | 必ずやること | 後回しにしてよいこと |
|---|---|---|
| 1か月以上ある | 棚卸し表と期限の一覧表を作る。月次の仕事(勤怠の締め、社会保険労務士への受け渡し)を、前任者と一緒に1回、後任が主になってもう1回行う。「人が動いたとき」の手続きのセットを、去年の実例を見ながら書き残す。年に1回の手続きは、去年の資料を見ながら流れを説明してもらう | 備品や書類の整理のやり直し、規程の見直し |
| 2週間ほど | 期限の一覧表を作る。次の勤怠の締めを一緒に行う。社印・鍵・IDの受け渡しを済ませる。社会保険労務士・健康診断の業者・主な取引先(賃貸・リース・保険)に後任を紹介する。進行中の手続きを書き出す | 手順書づくり(録音と去年の資料から、あとで作る) |
| 数日しかない | 期限の一覧表(手続きの名前・期限・提出先だけでもよい)。社印・鍵・金庫・管理者IDの受け渡し。書類とデータの置き場所の確認。前任者の説明を録音する。社会保険労務士に「当面の手続きをすべて頼めるか」を相談する | すべての手順書(録音と電子申請の送信履歴から復元する) |
「一緒に1回、後任が主になってもう1回」は、総務の引き継ぎでとくに効くやり方だと私たちは考えています。見ているだけでは、電子申請の画面のどこで止まるか、行政からの封筒のどれが急ぎかが伝わりにくいからです。
退職までの日数がほとんどない場合の動き方は「急な退職で引き継ぎができないときの対策」の記事で、引き継ぎ書の項目と書き方は「引き継ぎ書の作り方」の記事で扱っています。
「人が動いたとき」の手続きは、きっかけごとにセットで書き残す
総務・労務の引き継ぎでいちばん抜けやすいのは、入社や退職のように「何かが起きたとき」に発生する手続きです。毎月の仕事は後任がすぐに経験できますが、人の出入りは引き継ぎの期間中に起きないことが多いからです。私たちは、きっかけごとに「やること・期限・本人に渡すもの」をセットにした表を作っておくことをおすすめします(私たちのおすすめです。下の表は例で、自社の実情と社会保険労務士の確認で書き直してください)。
| きっかけ | 会社がやること(例) | 期限の目安 |
|---|---|---|
| 入社 | 健康保険・厚生年金保険の資格取得届[3]、雇用保険の資格取得届[8]、労働条件の明示、労働者名簿の作成、扶養控除等(異動)申告書の回収[16]、IDの発行と貸与品の記録 | 社会保険は5日以内[3]、雇用保険は翌月10日まで[8] |
| 退職 | 健康保険・厚生年金保険の資格喪失届と資格確認書の回収[4]、雇用保険の資格喪失届・離職証明書[8]、源泉徴収票の交付[17]、住民税の手続き(市町村の案内で確認)、貸与品の回収、IDの停止[15] | 社会保険は5日以内[4]、雇用保険は翌日から10日以内[8]、源泉徴収票は退職の日以後1か月以内[17] |
| 賞与の支払い | 賞与支払届[6] | 支払日から5日以内[6] |
| 昇給・降給 | 随時改定の要件に当たるか確認し、当たれば月額変更届[7] | 速やかに[7] |
| 住所・氏名・扶養の変更 | 社会保険・雇用保険の変更の届出、扶養控除等(異動)申告書の差し替え、住民税の通知先の確認 | 届出ごとに違う。社会保険労務士に確認 |
| 産休・育休・ケガや病気 | 休業の届出、保険料の免除の申出、給付の申請の案内 | 制度ごとに違う。年金事務所・ハローワーク・社会保険労務士に確認 |
この表を作っておくと、後任が「入社した人がいる」と聞いた日に、何を・いつまでに・どこへ出すかをすぐ確かめられます。去年1年間に起きた人の出入りを、前任者と一緒に振り返りながら埋めるのが近道です。
総務・労務の引き継ぎ書に、必ず書いておきたい10項目
ふつうの引き継ぎ書の項目に加えて、総務・労務では次の10項目を書いておくことをおすすめします(私たちのおすすめです)。
- 年間の手続きカレンダー:算定基礎届・年度更新・健康診断・年末調整・契約の更新など、月ごとに何があるか。去年の控えの場所も。
- 法定帳簿の場所:労働者名簿・賃金台帳・出勤簿(タイムカードの記録)がどこに、どの形(紙か電子か)であるか。
- 届出の方法:電子申請を使っているか、紙か、社会保険労務士が代わりに申請しているか。電子申請のIDは引き継ぎ書に書かず、会社で管理する場所を決める。
- 外部の専門家との分担:社会保険労務士・税理士に何を、いつ、どの形で渡しているか。担当者の名前と連絡先。
- 契約の一覧:事務所の賃貸、リース、保険、保守、通信などの契約先・更新日・解約の予告期間。
- 許認可と登記:自社の許認可の一覧と有効期限、登記の変更が必要になる場面(役員の変更など)で誰に相談するか。
- 社印・鍵・金庫・備品:何があり、どこに保管し、誰が使えるか。使ったときの記録の方法。
- 社内規程の原本:就業規則・賃金規程・36協定など、最新版の原本と、労働基準監督署の受付印がある控えの場所[11][12]。
- 行政からの通知の扱い:年金事務所・ハローワーク・労働基準監督署・市町村・税務署から届く封筒のうち、急ぎのものと、誰に渡すか。
- 進行中のこと:提出中の届出、行政からの問い合わせ、休業中の従業員の手続き、更新時期が近い契約。
社印・鍵・金庫・IDの渡し方
総務の引き継ぎでは、手順と一緒に「会社を動かせる権限」が動きます。社印、事務所や金庫の鍵、電子申請やクラウドサービスの管理者IDは、引き継ぎ書に書いて済ませず、経営者が立ち会って受け渡すことをおすすめします(私たちの考えです)。
独立行政法人情報処理推進機構(IPA)の「組織における内部不正防止ガイドライン」は、異動又は退職により不要となった利用者ID及びアクセス権は、ただちに削除しなければならないとしています[15]。前任者のIDとパスワードを後任がそのまま使い続けると、誰が操作したのかが分からなくなります。後任には後任の名前で利用者を登録し、前任者の利用者は退職日に止めてください。
| 渡すもの | やること | 立ち会う人 |
|---|---|---|
| 社印・代表者印・銀行印 | どの印鑑があるかを一覧にし、保管場所と使える人を決め直す。押印の記録(いつ・何に・誰が)を残す決まりを作る | 経営者 |
| 事務所・倉庫・金庫・ロッカーの鍵 | 本数を数えて記録し、受け渡しの日付と名前を残す。合鍵の所在も確かめる | 経営者 |
| 電子申請・行政手続きのID(社会保険・雇用保険・税の電子申請など) | 何があるかを一覧にし、会社として管理する場所を決める。利用者を後任の名前で登録できるものは登録し直す | 経営者 |
| 勤怠・給与・労務のクラウドサービスの管理者権限 | 後任の利用者を発行し、前任者の利用者を止める。管理者の権限を誰が持つかを決める | 経営者または管理者 |
| 共有していたパスワード(Wi-Fi、複合機、共有アカウントなど) | 新しいものに変え、会社で決めた方法で伝える。引き継ぎ書には書かない | 管理者 |
| 社用車・携帯電話・パソコンなどの貸与品の台帳 | 台帳と実物を照らし合わせ、前任者が持っているものを回収する | 管理者 |
一人総務では、印鑑を押す人と記録する人が同じになりがちです。同じガイドラインは、他の役職員が不在で相互監視ができない環境における単独作業を制限することが望ましいとしています[15]。担当者を疑うためではなく、担当者を守るためにも、「社印は経営者の承認を得て押す」「月に一度、経営者が押印の記録と鍵の所在を見る」といった決まりを、引き継ぎをきっかけに作っておくことをおすすめします(私たちの考えです)。
法定帳簿と書類の保存期間:探せる状態で引き継ぐ
労働基準法では、労働者名簿、賃金台帳、雇入れ・解雇・災害補償・賃金その他労働関係に関する重要な書類の保存期間が5年に延長され、当分の間は3年とされています[10]。厚生労働省のリーフレットは、対象の書類として、労働者名簿と賃金台帳のほか、雇入れに関する書類(契約書・労働条件通知書・履歴書など)、解雇に関する書類、賃金に関する書類、出勤簿やタイムカードなどの記録、労使協定の協定書、各種許認可書、退職関係書類などを挙げています[10]。
健康診断については、一般健康診断の結果にもとづいて健康診断個人票を作成し、5年間保存する必要があります[13]。
引き継ぎでは、次の4つを一覧にしておくことをおすすめします(私たちのおすすめです)。
- 紙の書類:労働者名簿・賃金台帳・出勤簿・雇用契約書・届出の控えの、年度ごとの保管場所。
- 電子データ:共有フォルダの場所とフォルダの分け方。前任者のパソコンやメールの中にしかないものは、共有の場所に移す。
- クラウドサービスの中のデータ:勤怠・労務のサービスにどの年度まで入っているか、書き出しの方法。
- 社会保険労務士に預けているもの:何を預けているか、控えがどこにあるか。
後任がいないときは、仕事を3つに分ける
小さな会社では、総務の後任がすぐに見つからないこともあります。そのときは、棚卸し表の仕事を次の3つに分けると、当面の体制を決めやすくなります(私たちの考えです)。
| 分け方 | 向いている仕事 | 気をつけること |
|---|---|---|
| 経営者が持つ | 社印の押印、鍵と金庫の管理、行政からの通知の確認、契約の更新の判断 | 権限は、いったん経営者に集めると安全 |
| 社内のほかの人が兼ねる | 勤怠の集計、来客・郵便物の対応、備品の発注、健康診断の手配、書類の整理 | 期限の一覧表と「人が動いたとき」の表を渡し、本来の仕事と重なる時期を先に確かめる |
| 外部の専門家に頼む | 社会保険・雇用保険の届出、算定基礎届、年度更新、就業規則の改定、年末調整 | 何を、いつまでに、どの形で渡すかを決める。頼める範囲と費用は、顧問の社会保険労務士・税理士に確かめる |
どの分け方でも、期限の一覧表と「人が動いたとき」の表、書類の置き場所が分かっていれば、引き受ける側が動きやすくなります。逆に、この3つがないと、誰に頼んでも「何を、いつまでに」から調べ直すことになります。
日ごろの備え:一人総務を「一人だけが知っている」状態にしない
総務・労務の引き継ぎは、退職の申し出があってから始めると、時間が足りなくなりやすい仕事です。私たちは、退職の予定がなくても、次の3つを日ごろから行っておくことをおすすめしています(私たちの考えです)。
- 年間の手続きカレンダーと「人が動いたとき」の表を、経営者も見られる場所に置く。年に一度、年度更新のあとに見直す。
- 年に1回の手続きは、終わった直後に「始めた時期・かかった日数・つまずいた点」を数行で書き残す。
- 入社や退職の手続きがあるときは、別の社員に横で見てもらう。休暇や病気のときの代わりにもなる。
手順書づくりに時間を取れないときは、前任者に作業をしながら説明してもらい、その録音をもとに手順書の下書きを作る方法があります。生成AIを使う場合の手順と、入力してはいけない情報(従業員の名前・マイナンバー・給与・健康に関する情報など)は「引き継ぎマニュアルをAIで作る方法」の記事で説明しています。
総務・労務の引き継ぎのチェック表
| 確かめること | できていれば |
|---|---|
| 棚卸し | 総務・労務の仕事を、毎日・毎月・年に1回・人が動いたとき・不定期に分けて書き出した |
| 期限 | 会社の外に期限がある手続きを、自社の日付と提出先で一覧表にした |
| 年に1回の手続き | 去年の提出書類の控え、集計表、始める時期を残した |
| 人が動いたとき | 入社・退職・賞与・昇給・変更のきっかけごとに、やること・期限・本人に渡すものを表にした |
| 実地 | 月次の勤怠の締めと社会保険労務士への受け渡しを、後任が主になって1回行った |
| 退職者本人の手続き | 前任者の資格喪失届・離職証明書・源泉徴収票を誰が作るか決めた |
| 権限 | 社印・鍵・金庫・管理者IDを、経営者の立ち会いで受け渡した |
| アカウント | 前任者の利用者を止め、後任の名前で発行した。共有のパスワードを変えた |
| 帳簿と書類 | 労働者名簿・賃金台帳・出勤簿・健康診断個人票などの置き場所を一覧にした |
| 外部への連絡 | 社会保険労務士・健康診断の業者・契約先に、後任を紹介した |
| 進行中のこと | 提出中の届出・行政からの問い合わせ・更新が近い契約を書き出した |
まとめ:手順より先に、期限と「人が動いたとき」と権限
総務・労務の引き継ぎで会社が困るのは、「電子申請の操作が分からない」ことよりも、「届出の期限を知らなかった」「入社した人の手続きがあると知らなかった」「社印と鍵がどこにあるか分からない」ことだと私たちは考えています。だからこそ、手順を細かく書く前に、期限の一覧表・「人が動いたとき」の表・権限の受け渡しの3つを先に済ませる順番をおすすめします。
その土台になるのが、総務・労務の仕事の棚卸しです。棚卸し表があれば、後任が決まっていなくても、経営者・社内の兼務・外部の専門家に仕事を分けることができます。会社全体の引き継ぎの進め方は「中小企業の業務引継ぎの進め方」の記事で、経理の引き継ぎは「経理の引き継ぎの進め方」の記事で整理しています。
私たちEnbitoは、業務の棚卸しから始める業務改善とAI活用の支援を行っており、縁SCANは社員への聞き取りをもとに業務を見える化するための道具です。社会保険・労働法の個別の判断は、顧問の社会保険労務士、または年金事務所・ハローワーク・労働基準監督署などの窓口に確かめてください。
よくある質問
- Q.総務・労務の引き継ぎは、何から始めればよいですか?
- A.総務・労務の仕事を「毎日・毎月・年に1回・人が動いたとき・不定期」に分けて書き出し、その中から会社の外に期限がある手続きを一覧表にすることから始めるのがおすすめです(私たちの考えです)。たとえば、健康保険・厚生年金保険の資格取得届と資格喪失届は事実発生から5日以内[3][4]、雇用保険の資格喪失届は被保険者でなくなった日の翌日から10日以内です[8]。手順の細かな説明は、そのあとで構いません。
- Q.総務の引き継ぎで、もれやすい仕事は何ですか?
- A.「人が動いたとき」に発生する手続きと、年に1回の手続きです。入社・退職・賞与・昇給などのきっかけごとに、やること・期限・本人に渡すものを表にしておくことをおすすめします。年に1回の手続きでは、算定基礎届は毎年7月10日まで[5]、労働保険の年度更新は令和8年度の場合6月1日〜7月10日でした[9]。去年の提出書類の控え・集計表・始める時期をセットで残してもらってください。
- Q.総務担当者が辞めたあと、後任がいない場合はどうすればよいですか?
- A.総務の仕事を「経営者が持つ(社印・鍵・行政からの通知)」「社内のほかの人が兼ねる(勤怠の集計・備品・健康診断の手配)」「外部の専門家に頼む(社会保険・雇用保険の届出・年度更新・年末調整)」の3つに分けて、当面の体制を決める方法をおすすめします(私たちの考えです)。頼める範囲と費用は、顧問の社会保険労務士・税理士に確かめてください。
- Q.社印や電子申請のIDは、引き継ぎ書に書いてよいですか?
- A.書かないことをおすすめします。IPAのガイドラインは、異動又は退職により不要となった利用者ID及びアクセス権は、ただちに削除しなければならないとしています[15]。社印・鍵・金庫・管理者IDは経営者が立ち会って受け渡し、前任者の利用者は止め、後任には後任の名前で利用者を登録し、共有していたパスワードは変更してください。
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参考・出典
- [1]中小企業庁「2026年版 小規模企業白書(HTML版)第2部第1章第2節 小規模事業者の経営リテラシー向上(第2-1-49図・第2-1-50図)」
- [2]厚生労働省「令和7年度「能力開発基本調査」調査結果の概要(PDF。事業所調査「技能の継承について」図61〜64)」
- [3]日本年金機構「就職したとき(健康保険・厚生年金保険の資格取得)の手続き」
- [4]日本年金機構「従業員が退職・死亡したとき(健康保険・厚生年金保険の資格喪失)の手続き」
- [5]日本年金機構「定時決定(算定基礎届)」
- [6]日本年金機構「従業員に賞与を支給したときの手続き」
- [7]日本年金機構「随時改定(月額変更届)」
- [8]厚生労働省「雇用保険の手続き一覧表(事業主の方へ:被保険者に関する手続き)」
- [9]厚生労働省「労働保険年度更新に係るお知らせ(令和8年度労働保険の年度更新期間について)」
- [10]厚生労働省「リーフレット「未払賃金が請求できる期間などが延長されています」(労働基準法109条 記録の保存期間。PDF)」
- [11]厚生労働省「モデル就業規則について(就業規則の作成・届出義務)」
- [12]厚生労働省「確かめよう労働条件:36(サブロク)協定とは」
- [13]岡山労働局(厚生労働省)「健康診断の種類及び報告義務」
- [14]厚生労働省「ストレスチェック制度・メンタルヘルス対策(令和10年4月1日から労働者数50人未満の事業場にもストレスチェックが義務化されます)」
- [15]独立行政法人情報処理推進機構(IPA)「組織における内部不正防止ガイドライン 第5版(2022年4月改訂。PDF)(5)情報システムにおける利用者のアクセス管理、(29)職場環境におけるマネジメント」
- [16]国税庁「タックスアンサー No.2668 年末調整の対象となる人」
- [17]国税庁「タックスアンサー No.7411 「給与所得の源泉徴収票」の提出範囲と提出枚数等(令和8年4月1日現在法令等)」
- [18]総務省「地方税制度:個人住民税(普通徴収と特別徴収)」
制度・数値は2026.10.09時点で各公式情報を確認したものです。補助金・助成金などは公募回ごとに内容が変わるため、申請の前に必ず最新の公式情報をご確認ください。

Author
中胡 翔太郎株式会社Enbito 代表取締役
広島県出身。大手日系事業会社で生成AIを実際の業務に組み込み、大手外資系コンサルティングファームで企業の業務改革を支援。個人事業として30社以上の企業・事業者の立ち上げと成長に伴走。現在は株式会社Enbitoの代表として、地方の中小企業のAI活用支援・業務改善に取り組んでいます。
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